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千葉地方裁判所 昭和38年(レ)25号 判決 1963年11月15日

控訴人 清水たき

右訴訟代理人弁護士 篠原陸朗

被控訴人 島崎武夫

右訴訟代理人弁護士 大坂忠義

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は本訴請求原因として、また控訴人の抗弁に答えて、つぎのとおり述べた。

一、請求原因

市川市八幡町二丁目八五六番の二宅地一〇〇坪(以下本件土地という。)は、被控訴人の母訴外島崎のぶの所有であつたが、昭和三三年一〇月二八日被控訴人は右訴外人からこれを買い受けてその所有権を取得し、その翌日これが所有権移転登記を経由した。控訴人は本件土地のうち別紙目録(添付図面を含む。)記載の土地部分(以下本件係争土地部分という。)の上に被控訴人に対抗し得るなんらの権原なくして木造亜鉛葺平家居宅一棟建坪七坪(以下本件建物という。)を所有することにより本件係争土地部分を占有し、被控訴人の土地所有権を侵害しているので、被控訴人は控訴人に対して、土地所有権に基づき本件建物を収去して本件係争土地部分の明渡を求める。

二、控訴人主張の抗弁事実に対する答弁

(一)  被控訴人の母島崎のぶから被控訴人に対してなされた売買が仮装のものであるとする控訴人の主張事実は否認する。

(二)  本件係争土地部分につき島崎のぶと控訴人との間に控訴人主張のような賃貸借契約が成立したことは認めるが、つぎの理由により、控訴人は右契約による賃借権をもつて被控訴人に対抗し得ないものである。すなわち、控訴人は、本件係争土地部分につき賃借権の登記をしていないし、またかつて右土地部分の上に木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一五坪の所有権保存登記を経由した建物を所有していたが、右建物は昭和三三年一〇月七日控訴人の長男の放火によつて全焼し、滅失して了つたものであつて、被控訴人が本件土地を取得してその所有権移転登記を経由した昭和三三年一〇月二九日当時には控訴人は本件係争土地部分の上になんらの建物をも所有していなかつたものであり、本件建物は被控訴人が本件土地の所有権移転登記を経由した後新たに建築されたものである。したがつて、控訴人には賃借権につき対抗要件がないから、第三者である被控訴人には右賃借権を主張することができない。

なお、控訴人の自白の撤回には異議がある。

(三)  被控訴人の父が市川簡易裁判所の調停委員をしていることは認めるが、本件係争土地部分の明渡を求めることが権利の濫用であるとの控訴人の主張は争う。

控訴代理人は請求原因事実に対する答弁および抗弁として、つぎのとおり述べた。

一、請求原因事実に対する答弁

被控訴人主張事実中、本件土地がもと被控訴人の母島崎のぶの所有であつたこと、本件土地につき被控訴人がその主張の日にその主張のような登記を経由したこと、控訴人が本件建物を所有することによつて本件係争土地部分を占有していること、はいずれもこれを認めるが、その余は否認する。

二、抗弁

(一)  仮に、島崎のぶと被控訴人間に被控訴人主張のような土地売買契約が成立したとしても、右契約は以下に述べる理由により無効であるから、被控訴人は本件土地の所有者ではない。すなわち、本件係争土地部分は次項に述べるとおり、控訴人が終戦前から島崎のぶより賃借しているものであるが、昭和三三年一〇月七日本件建物の一部が控訴人の長男の放火によつて焼失したことを奇貨とし、島崎のぶおよび被控訴人は通謀のうえ、本件土地部分の明渡を求める便法として、売買契約を仮装し、登記簿上本件土地の所有者が島崎のぶから被控訴人に交替したという形式を整えたものにすぎない。

(二)  仮に、被控訴人主張の売買が有効だとしても、控訴人は本件係争土地部分につき被控訴人に対抗しうる賃借権を主張する。すなわち、控訴人は終戦前から島崎のぶより本件係争土地部分を、建物所有の目的をもつて賃借し、そのころ同地上に木造瓦葺平家居宅一棟建坪一五坪を建築し、昭和三〇年一二月二〇日その保存登記を経由したものであつて、その後右建物は控訴人の放火によりその一部を焼失したが、控訴人は右建物の焼け残りの部分である土台・柱・便所のコンクリートの構造等を利用して復旧工事をした結果、現存の本件建物が造られたもので、右両建物の間には同一性がある。

なお、控訴人は、当初、右木造瓦葺平家居宅一棟建坪一五坪が同放火により全部焼失したと延べたが、右陳述は真実に反し、かつ、錯誤に基づいてなした自白であるから、これを撤回する。

(三)  仮に、右賃借権をもつて被控訴人に対抗し得ないとするならば、控訴人は権利濫用の抗弁をもつて対抗するものである。

すなわち、被控訴人は控訴人の賃貸人の子であり、その土地譲渡の経緯は(一)に述べたとおりであり、また被控訴人の父は市川簡易裁判所の調停委員をしていて、宅地賃借権の対抗要件等の問題に精通している。

かかる事情のもとに、被控訴人が控訴人に対してたまたま賃借権に対抗要件のないことを理由に土地明渡を求めようとすることは信義則に反するものである。

証拠≪省略≫

理由

一、本件土地がもと被控訴人の母島崎のぶの所有であつたこと、右土地につき昭和三三年一〇月二九日、売買を原因として右のぶより被控訴人のために所有権移転登記がなされたこと、および右土地のうち本件係争土地部分の上に控訴人が本件建物を所有することによつて右土地部分を占有していることは、いずれも当事者間に争がない。

ところで、控訴人は右のぶから被控訴人への本件土地売買の事実を否認し、かつ仮に売買契約がなされたとするも右契約は通謀によりなされた仮装の売買であるから無効であると主張するので、まずこの点につき判断する。

≪証拠省略≫によれば被控訴人は、のぶの実子であつて、いずれは相続により本件土地の所有権を取得すべき関係にあるものなることと、当時右のぶら両親が九州旅行をするについて金銭を必要としたことなどから、昭和三三年一〇月二八日本件土地を市町村の固定資産税評価価格に近い代金一五六、〇〇〇円でのぶから買い受けたことが認められる。

本件土地売買がなされたことおよびその動機は右に認定したとおりであるから、もとよりその売買は有効になされたものと認むべきであつて、単に明渡を求めるための便法として売買契約が仮装されたものとの控訴人の主張は、これを認めるに足りる適当な証拠がないので、到底採用し難い。

二、つぎに、控訴人は仮定抗弁として賃借権を主張するので、この点につき判断する。

控訴人が終戦前から建物所有の目的で本件係争土地部分を被控訴人の母のぶから賃借していたことは当事者間に争がなく、右賃貸借が控訴人とのぶとの間にいまなお残存期間中であることは、被控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そこで、控訴人が右賃借権を被控訴人に対抗しうるか否かについて検討する。

控訴人が、本件係争土地部分の上に木造瓦葺平家居宅一棟建坪一五坪を所有し、その保存登記を経由していたこと、および右建物に控訴人の長男が放火したことは当事者間に争がなく、控訴人は、当初、右放火により同建物が全部焼失したと述べたが、右自白は真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであるからこれを撤回するというので、まずこの点についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、前記建坪一五坪の建物は、昭和三三年一〇月七日同放火によつて、柱、桁、梁の一部および土台石を除いて全部焼失し、建物としての外形を有していなかつたこと、その後控訴人において、右焼け残りの柱、桁、梁および土台石のうち使用に耐えられるものに新たな資材を加えて、被控訴人が本件土地の所有権移転登記を経由した後である同年一一月中に本件建物を建築したが、右焼け残りの資材を利用した個所は極めてわずかであつて、右新、旧両建物は同一性を欠くものであることがそれぞれ認められる。

してみれば、控訴人が本件係争土地部分の上に所有していた前記一五坪の建物と本件建物との間には同一性がないから、右一五坪の建物は同放火によつて全焼して滅失したものと認むべく、したがつて、控訴人の前記自白はなんら真実に反するところはないので、これを撤回することはできないというべきである。

そして控訴人は、被控訴人が本件土地の所有権を取得し、その所有権移転登記を経由した昭和三三年一〇月二九日当時、本件係争土地部分の上に登記した建物を所有していなかつたことは右認定により明らかであるから、控訴人の本件係争土地部分の賃借権は、被控訴人の右所有権取得登記前該土地部分の上に登記した前記一五坪の旧建物を有していたことのみをもつてしては、被控訴人に対抗できないことは多言を要しない。

三、そこで、被控訴人の本訴請求は権利の濫用であつて許されないとする控訴人の主張について判断する。

≪証拠省略≫つぎの事実が認められる。

すなわち、(イ)被控訴人は本件土地の前所有者である島崎のぶの実子で、しかも右のぶと同居しているものであるから、本件土地の使用については右のぶと実質上同一体の関係にあるものとみるべきであつて、控訴人の本件係争土地部分の賃借権を否定するにつき前主と異なる実質的利益を有するものでないこと。(ロ)島崎のぶは控訴人が本件係争土地部分の上に所有していた前記一五坪の建物が昭和三三年一〇月七日焼失するや、同月一六日控訴人到達の内容証明郵便をもつて控訴人に対し、右焼失により本件係争土地部分の借地権は自然消滅したから右土地部分を同月末日までに明け渡してもらいたい旨の通知をなしたが、その後間もなく建物の焼失によつては、法律上当然に借地権が消滅するものでないことを知るや、同月二八日被控訴人に係争土地を売り渡し、被控訴人は翌日これが所有権移転登記を経由し、翌月二六日本訴を提起したものであつて、被控訴人は控訴人の賃借権を知悉しながら、あえて控訴人を立ち退かせる意図のもとに本件土地を買い受けたものであることがうかがわれること。(ハ)控訴人所有の前記一五坪の登記した建物が焼失してから被控訴人が本件土地を取得し、その所有権移転登記を経由した昭和三三年一〇月二九日までの日数は、控訴人が本件建物を建築のうえ、右建物につき保存登記を経由するに極めて不十分な期間であつたこと。(ニ)被控訴人には本件係争土地部分の返還を受け、これを自ら使用するなど格別の必要性の存した事跡が見あたらないのに反し、控訴人は万一本件建物を収去して右土地部分を明け渡すような場合は、たちまち住宅に困窮するであろう状況にあること。(ホ)被控訴人が本件土地をのぶから買い受けた代金が時価より相当低廉な市町村の固定資産税評価価格(市町村の土地評価価格は時価よりも相当低廉であることは、当裁判所に顕著な事実である。)に近い価額であるのはいずれ相続によりこれを取得する関係にあつたにほかならないこと。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる適当な証拠はない。

思うに、権利の行使であつても、それが信義則あるいは公序良俗に反し、社会通念上容認できないときは、権利の濫用として許されないと解すべきところ、被控訴人が控訴人の賃貸人たる島崎のぶの実子で、しかも右のぶと同居していて両者は本件土地の使用については実質上同一体と認められる関係にあり、被控訴人において本件係争土地部分の返還を受けて自ら使用するなど格別の必要性が認められないことその他前記認定のような事情のもとにある本件においては、被控訴人において、控訴人に対し、同人の土地賃借権が対抗力を有しなくてもこれを理由に建物収去、土地明渡を求めることは信義則あるいは公序良俗に反し、社会通念上容認できないところであるから、被控訴人の本訴請求は権利の濫用として許されないと解するのが相当であつて、これが請求は失当として棄却すべきである。

四、よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条・第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀部勇二 裁判官 岡村利男 辻忠雄)

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